流産のこと 〜赤ちゃんへ〜

結局、腹痛は3日間、出血は5日ほど続いた。2/9に再び病院へ行き、血液検査と内診をした。血中のhCGの数値は4,5mIU/mlに減少していた。子宮内もきれいになっており、手術などの処置はなかった。それまで高温を保っていた体温も、下がりつつあった。そして「今回は、流産です」と改めて宣告された。

「初期の流産は15~20%の割合で起こります。すでにお子さんは一人いらっしゃいますし、また妊娠できると思います。次の妊娠は、3回生理が来てからにした方がいいでしょう。」と、先生は私がネットで調べた通りの内容を告げた。

やはり、あらためて「流産」と言われると、分かっていても辛いものだ。でも、事実のみを淡々と告げる先生で、かえって良かったとも思った。うまい慰めの言葉などかけられた日には、その場で泣き出してしまいそうだったからだ。 “流産のこと 〜赤ちゃんへ〜” の続きを読む

流産のこと 〜娘との会話〜

娘に、なんて言おうかな。がっかりするだろうな。それに、娘の顔を見たら、緊張の糸が途切れてしまいそう…そんな事を考えながらクラスにお迎えに行った。娘は私を見つけて笑顔で駆け寄ってきた。娘に飛びつかれた瞬間・・・・

やっぱりこみ上げてくるものがあって、平静を装うのに必死だった。

帰り道、私は娘に話した。「あかちゃん、いなくなっちゃった」
すると娘は驚いた顔をして、「えっ!あかちゃん、いるよぉ」と言った。

私「ううん、あかちゃんね、もうママのおなかの中にはいないんだ。ごめんね」

娘「ええーーーー、どうしていなくなっちゃったの?」

私「どうしてだろうね。わかんないけど、またいつか戻ってきてくれるように、お祈りしててね」

娘「あかちゃん、いなくなっちゃ  いやだぁ」娘は、とてもさみしそうだった。

私「ごめんね、ママもさみしいよ…」

そう話しながら、私は娘の手をぎゅっと握った。

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流産のこと 〜病院へ〜

翌朝になっても、まだ出血は止まらず、腹痛も続いていた。
これって、もしかして妊娠してなくて、ただの生理!?でもなぁ…妊娠検査薬は陽性だったし。分からない…。どのみち、病院に行けば分かるだろう。覚悟を決めて病院に行った。待ち時間の間も、腹痛が辛くて椅子に座りながらも半分うずくまるようにして、痛いのをこらえていた。

ようやく順番が来て、診察室に入ると若い男の先生だった。事情を話すと、さっそく内診が始まった。ああ、この感じ。。。娘の時の事を思い出して、懐かしさと同時に、これで審判が下ると思うと緊張した。
先生は無言で診察を進める。内診と超音波検査を終えて、先生のお話が始まった。先生の手元には、子宮内の超音波写真があったが、そこには何も写っていなかった。

先生「いまの段階では赤ちゃんの袋が見えないですね。週数的には6週に入っている時期なので、袋が見えているはずなんですが。何もないということは、もしかしたら科学的流産で、すでに赤ちゃんはいなくなってしまったか、あるいは子宮外妊娠の可能性があります。」

私「妊娠してなくて、ただの生理っていうことはありますか?」

先生「いや、それはないです。妊娠検査薬で反応があったということは、妊娠ですね」 “流産のこと 〜病院へ〜” の続きを読む

流産のこと 〜妊娠発覚〜

2009/2/9、私は流産した。
科学的流産」という、ごく初期に起こる流産だった。

1月末、いつもなら生理予定日の2日前には体温が下がり始めるのに、今回はまるで下がる気配がなかった。何となくムカムカするし、これはもしかしたら…と思い、生理予定日から2日後の1/28、妊娠検査薬を使ったところ、うっすら陽性が出た。待望の第二子を妊娠したのだ。嬉しさのあまり、娘にも「赤ちゃんがお腹にいるんだよ」と話した。「え!あかちゃん?やったー」娘も、あかちゃんが出来たことを、とても喜んでくれた。「でも、まだ誰にも話しちゃダメだよ」と言い聞かせた。娘は「うん」と頷きながらも、ことあるごとに私のお腹を触って「あかちゃん、いる?」と何度も確認してきた。

一日も早く病院に行きたいが、あまり早い時期に行っても判断がつかないだろうし、心音が確認できる7週目~8週目あたりに行けばいいかと余裕に構えていた。この分だと、予定日は10月だ。また仕事を減らして、産後はいつから復帰できるだろうか…などと、色々な妄想をめぐらせて、赤ちゃんが育っていることを信じて疑わなかった。

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娘の成長 〜三輪車編〜

三輪車を買ったのは、娘が2歳のクリスマスだった。
今の三輪車は、舵取り機能付き、折りたたみ収納で、狭い玄関でもコンパクトに置けるよう配慮されている。舵取り機能を使う際には、まだ足が追いつかない子の事を考慮して、ペダルが動かないようにもできるという優れものだ。かつて、自分が幼い頃に乗り回していた三輪車のイメージとは、まるで違う。三輪車も、時代とともに進化しているのだと感心したものだ。

アイデス コンポ 三輪車

 舵取り機能がついているおかげで、自分でペダルをこがなくても三輪車に乗って遊べるので、娘もえらく気に入って、しばらくはどこへ行くにも「さんりんしゃでいくー」と言っていた。三輪車で新宿の街を闊歩したり、そのまま山手線に乗って出かけたこともある。

そうこうしているうちに、娘は3歳を迎えた。もうそろそろ、自分でペダルをこいで乗れるようになってもいいだろうと思い、こぎ方を教え続けていたが、娘はちっともコツがつかめない様子で、すぐに止まってしまう。間もなく「ねーおしてー」とか「もーつかれた」とダダをこね始め、仕方なくまた後ろから舵取りのバーを押してやるといった状態がしばらく続いた。そのうち娘も、自分ではこげない三輪車に飽きてきたのか、乗りたいと言わなくなってしまった。

そんなある日、あれは3歳2ヶ月頃だったか、久しぶりに三輪車の練習をさせようと思い、娘と二人、図書館まで三輪車ででかけた。道々、娘に練習させていたが、相変わらず平行線。どうしたら分かるのだろう?と考えていたところに、後ろから自転車に乗ったおばさんが私たちを追い越していった。

「・・・あ、これだ☆」私はとっさに閃いた。

「見て!!あのおばさんにみたいにペダルをこぐんだよ!」と娘に訴えた。娘はおばさんが自転車をこぐ後ろ姿をじーーーーーーーーーっと見つめていた。そして、次の瞬間、娘は突然、自分でペダルをこぎ始めたのだ!!

娘:「みてー!○○ちゃん、おばさんみたいだよ!」

娘は嬉しそうにおばさんの真似をして、ペダルをこいでどんどん進んでいくではないか!ついに娘は「ペダルをこぐ」ということを理解したのだ。自転車に乗って通り過ぎていった見知らぬおばさんのおかげで…。

考えてみたら、娘の身近で三輪車に乗って遊んでいる子がいなかったし、ウチには自転車がないから、誰かがペダルをこいでいる姿を見た事もなかった。こんな小さな子どもに、言葉で一生懸命説明したって、伝わるわけがなかったのだ。子どもというものは理屈じゃなく、見よう見まねで憶えるのだ。これぞ、まさに「百聞は一見にしかず」の典型的な例である。

三輪車

それ以来、娘はすっかりコツをつかみ、今ではハンドル操作もマスターし、スイスイ三輪車に乗っている。ずっと乗れないままなのではないかと心配していたので、乗れるようになってくれて一安心だ。大げさだと思われるかもしれないが、運動音痴な私の血を受け継いでいる娘だけに、運動に関しては本当に心配なのだ。娘には、私のような苦労はさせたくない。
今のところ、運動は得意ではなさそうだが、私ほど下手でもなさそうだ。夫曰く、「スポーツはコツさえ分かれば人並みにはなるから大丈夫」と豪語しているので、夫に任せて見守ろうと思っている。

娘の成長 〜お絵描き編〜

娘の絵が、急激に上達した。ある日、保育園から持ち帰った絵を見て、我が目を疑った。ちゃんと、ひとの顔と分かる絵が、いくつも描かれている。

それまでの絵は、ひたすら線をぐちゃぐちゃに描いたり、楕円のような細長い丸や点をひたすら描くくらいで、何を描いているのか、さっぱりわからなかった。

家に帰ってすぐ、娘はホワイトボードに一生懸命絵を描き始めた。しばらくして「ママー、みてー!」というので目をやると、なんとそこにはアンパンマンが描いてあった!!ちゃんとほっぺと鼻の頭には、ツヤまで描いてある。

sketch

「すっごーーーーい!!上手になったねーーー!!」と、めちゃくちゃ褒めた。いつの間に、こんなに描けるようになったのだろう?

以前は「ママ、アンパンマンかいてー」と、描いてもらいたがるばかりで、決して自分が描こうとはしなかったのに。きっと、私や先生が描くアンパンマンをじっと観察しているうちにコツをつかんだのかもしれない。

ちなみに、アンパンマンの顔から下に伸びる線は、身体のつもり…(笑)

娘の成長 〜パズル編〜

娘はパズルが大好きだ。パズルを与えると、かなり集中して飽きずに何度でも作って遊んでいる。
きっかけは、2歳になったばかりの頃、大戸屋でもらったパズルだった。子どもには、おもちゃをくれるという嬉しいサービスがあって、かごの中に入っていた様々なおもちゃの中から、娘自ら選んだのがパズルだった。そのときは、きっとそれが何なのか全く分かっていなかっただろうし、親の私たちも「へー、意外なものを選んだな」と思っていた。

Poerre

最初は私たちが作っているのを見ているだけだったが、だんだん自分ひとりで作れるようになった。そうしたら、すっかりハマったらしく、どこへ行くにもそのパズルを持ち歩き、毎日のようにパズルで遊んでいた。

アンパンマン 知育パズル ひらがな
47ピース アンパンマン 知育パズル ひらがな

以来、祖父母や叔父、叔母などから、いくつもパズルをもらった。30P〜50Pのパズルも楽々こなすようになり、それ以上のピースで3歳児ができそうなパズルが見つからない。

そこで夫が買って来たのは、108Pの普通のパズルだった。

108ピース ハイジ

こんなの、大人だって難しいのに娘には無理だと思っていたのだが、一緒に作っているうちに、人物の部分だけはひとりで作れるようになった。これもまた気に入って、毎日作っていた。一度作り出すと、全部できないと気が済まないようで、下半分だけ娘が完成させ、上半分の風景は私が作る羽目になる。これが少々面倒なのだが、こちらも頭の訓練になる。

じつは私も高校生の頃、誕生日に友人からもらったパズルがきっかけで、良く作っていた時期があった。今でも家には1000Pのオードリー・ヘップバーンのモノクロのパズルが飾ってある。オードリーの写真以外はほとんど真っ白なので、半分牛乳パズル状態。完成に至までにずいぶん苦労したから、その分思い入れも強く、未だに処分できずにいるのだ。
最近、娘がそれがパズルだということに気付き、「○○ちゃんも、これやりたーい」としつこくて困っている。これをばらして、もう一度完成させるなんて、無謀な挑戦だ。それだけは勘弁してもらいたい…。

娘の成長 〜お箸編〜

娘は3歳6ヶ月。最近、出来る事がぐっと増えて来た。

まずはお箸が上手に使えるようになった。それまでも、お箸の持ち方を教えたことはあるが、まるでダメで、使おうとしなかった。同い年のはとこが、丸い輪っかのついた補助器具付きのお箸を使っているのを見た事があり、さらに私の友人の姪っ子も、娘と同い年なのだが、やはり補助器具付きのお箸を使っているという話を聞いた。それで、娘にも使わせようかと思ったのだが、「そんなものはいらない」という夫の一言でやめてしまった。現在5歳のいとこが、かつていきなり普通のお箸で練習して、間もなく使えるようになったらしく、普通の箸で練習させるだけで十分だと言ったからだ。

しかし、いよいよ保育園で1/10頃からお箸を使い始めると聞き、やや心配になってきた。娘はお箸になど全く興味がなく、家でほとんど使った事がない。今更だが、やはりあの補助器具付きのお箸を買って練習させようかと夫と話していたのだが、そんな心配をよそに、意外にも上手にお箸を使って食べていたと先生から報告を受けた。保育園の先生によると、補助器具付きのお箸は使う必要なく、使うと逆に普通のお箸に移行しにくくなる事もあるそうだ。

夕食の時間、娘は早速「おはしつかうー」と言いだしたので、その様子を眺めていると、なるほど、確かに今までの手つきとは違う。確実に持ち方を理解し、お箸でご飯をつまもうと懸命に取り組んでいる。次第に慣れてきたようで、ゆっくりながらもお箸でご飯をすくい、口に運んで食べている!!これはすごい進歩だ。日が経つにつれ、お箸使いに磨きがかかり、白米はもちろんのこと、今では豆を一粒ずつ器用にお箸でつまんで食べている。つかめると「みてみてーー」と得意げである。

私の教え方がよほどヘタクソなのか…と落ち込みたくなるくらい、家ではまるでやる気なし、いつまでも成果が上がらないことでも、保育園で学んできたことはすぐに出来るようになる。集団生活でお友達と一緒に習うと、やはり刺激になるのだろう。とにかく、こんな短期間でお箸が使えるようになるとは想像もしていなかった。

子どもというのは、やる気に火がつけば、めざましい進歩を遂げるものだ。それは今までも生徒を教えている中で度々感じてはいたが、自分の子どもの成長ぶりを目の当たりにすると、特にそう実感する。親としても教師としても、やる気に火をつけるような方法を、無い頭をしぼって考え続ける努力をしなければ、、、と改めて思った。

アンパンマンとまいごのうちゅうじん

久しぶりに、笑いすぎて泣いた。久しぶりに、笑いすぎて腹筋が痛くなった。このシュール極まりない世界…さすがは巨匠、やなせたかし先生だ。

それは娘が図書館で借りてきた紙芝居。今まで読んだアンパンマンのお話の中で、最もシュールで笑える作品である。
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中耳炎の日々

娘はしょっちゅう中耳炎になる。1歳の冬に初めて中耳炎になってから、今まで何回耳鼻科へ通ったことだろうか。

風邪を引き、微熱があったり汚い鼻水が続いた後に、突然耳垂れを出し、親はびっくり!!というのがいつものパターンだ。中耳炎になると耳が痛いはずなのだが、娘の場合は耳を気にすることもなく、いつもと変わらない様子なので、早期発見が難しい。
耳鼻科は、家から歩くには遠く、かといって電車で行くとかえって遠回りになるという微妙な場所にある。そこで、ちょっともったいないがタクシーを使う。 “中耳炎の日々” の続きを読む