5/8、金曜日の出来事。娘を保育園にお迎えに行くと、折り紙で作ったお花を持っていた。
「あーー、母の日のお花!?上手にできてるね!」
そうか、今年の母の日は日曜日だから、ちょっと早めのプレゼントなのね。初めてもらう、母の日のお花!!私も母親になったのだなぁ。。。と、しみじみ。
「ありがとねー♪」などと言いながら、ふと花に目をやると、そこには「ママへ」の文字はなかった。パパでもない。じぃじでも、ばぁばでもない。
娘が生まれて初めての花を贈りたかった相手・・・・・それは
私の弟(Kくん、30歳)だった。
「ええーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!?????」

まさかのオチに、びっくりしすぎて笑ってしまった。
そして、かるーーーく凹んだ。
娘のやる気を育てるため、『やることリスト』を作った。決めたことが一人で出来たら好きなシールを貼る、というルールだ。いくら口で注意しても効果がないことを悟った私が始めた、この「やることリスト」。これが意外とヒットで、娘のやる気をくすぐり、今のところ良い調子である。
きっかけは、ささいなことだった。娘がやる気になる方法を探していたある日のこと。「ポケモン、ゲットだぜ!」と娘が言っているのを聞きながら、テーブルの上にあった娘のシールを片付けていた時、何気なく「シール、ゲットだぜ!」というセリフをつぶやいた。その瞬間、ふと思いついたのだ。ちょっとしたセレンディピティ体験である。
「これだ!!」
…まぁ、大してめずらしくもない方法なのだろうが、とにかくとっさに閃いた私は、早速いらなくなったカレンダーの裏に、サッと表を書いた。はやね、はやおき、おきがえ、しょくじ、うがいてあらい、トイレなど、思いつくまま書き連ね、あっという間に表の完成だ。
今日は私の誕生日。自分では忘れてしまうのに、朝早くからおめでとうメールが次々に届く。ありがたいことだ。
それで今朝、娘に言ってみた。
「今日、ママの誕生日なんだ。」
娘はしばし考えてから
「…ふーん。いいよ、わかった。…たんじょうび、おめでとう。」
クールな返事のあとにすかざず
「じゃあ、あしたは○○ちゃんのたんじょうびね♪ わかった!?」
えーーーーーー、なにそれ。意味わかんないよ(笑)
春から年少組に進級するにあたって、身の回りのことは一人でできるようにさせようと現在奮闘中だ。
「先を見越して、自分でできるように教育すること」について、真剣に取り組むきっかけとなったのは、保護者会での先生によるお話だった。
その先生は、普段お目にかかったことのない先生だったが、ものすごく深くていい話をして下さった。以下、先生のお話である。
母に話すと、とても驚いていたが、「お母さんの周りでも、けっこう流産してる人多いよ。」という。
たしかに、私の知っている限りでも流産経験者は5人いる。第一子を流産した後、3人の子どもを授かっている人。二度の流産を経験し、うち一人は6ヶ月で死産だったが、3人のお子さんに恵まれた人など、いずれも流産後でも赤ちゃんに恵まれているケースがほとんどだった。
先日、胎のうが見えてから、妊娠5週で流産し手術を受けた人に話を聞いた。麻酔をして処置をしたけど、麻酔が切れるとお腹の鈍痛がひどく、しばらくはその痛みと出血が続くそうだ。手術後も通院が続くので、痛みは和らいでも赤ちゃんのことを思い出して精神的に辛かったという。
「手術がなくて、よかったね。親孝行な赤ちゃんだったね。」と言葉をかけてくれた。 つづき »
結局、腹痛は3日間、出血は5日ほど続いた。2/9に再び病院へ行き、血液検査と内診をした。血中のhCGの数値は4,5mIU/mlに減少していた。子宮内もきれいになっており、手術などの処置はなかった。それまで高温を保っていた体温も、下がりつつあった。そして「今回は、流産です」と改めて宣告された。
「初期の流産は15~20%の割合で起こります。すでにお子さんは一人いらっしゃいますし、また妊娠できると思います。次の妊娠は、3回生理が来てからにした方がいいでしょう。」と、先生は私がネットで調べた通りの内容を告げた。
やはり、あらためて「流産」と言われると、分かっていても辛いものだ。でも、事実のみを淡々と告げる先生で、かえって良かったとも思った。うまい慰めの言葉などかけられた日には、その場で泣き出してしまいそうだったからだ。 つづき »
娘に、なんて言おうかな。がっかりするだろうな。それに、娘の顔を見たら、緊張の糸が途切れてしまいそう…そんな事を考えながらクラスにお迎えに行った。娘は私を見つけて笑顔で駆け寄ってきた。娘に飛びつかれた瞬間・・・・
やっぱりこみ上げてくるものがあって、平静を装うのに必死だった。
帰り道、私は娘に話した。「あかちゃん、いなくなっちゃった」
すると娘は驚いた顔をして、「えっ!あかちゃん、いるよぉ」と言った。
私「ううん、あかちゃんね、もうママのおなかの中にはいないんだ。ごめんね」
娘「ええーーーー、どうしていなくなっちゃったの?」
私「どうしてだろうね。わかんないけど、またいつか戻ってきてくれるように、お祈りしててね」
娘「あかちゃん、いなくなっちゃ いやだぁ」娘は、とてもさみしそうだった。
私「ごめんね、ママもさみしいよ…」
そう話しながら、私は娘の手をぎゅっと握った。
翌朝になっても、まだ出血は止まらず、腹痛も続いていた。
これって、もしかして妊娠してなくて、ただの生理!?でもなぁ…妊娠検査薬は陽性だったし。分からない…。どのみち、病院に行けば分かるだろう。覚悟を決めて病院に行った。待ち時間の間も、腹痛が辛くて椅子に座りながらも半分うずくまるようにして、痛いのをこらえていた。
ようやく順番が来て、診察室に入ると若い男の先生だった。事情を話すと、さっそく内診が始まった。ああ、この感じ。。。娘の時の事を思い出して、懐かしさと同時に、これで審判が下ると思うと緊張した。
先生は無言で診察を進める。内診と超音波検査を終えて、先生のお話が始まった。先生の手元には、子宮内の超音波写真があったが、そこには何も写っていなかった。
先生「いまの段階では赤ちゃんの袋が見えないですね。週数的には6週に入っている時期なので、袋が見えているはずなんですが。何もないということは、もしかしたら科学的流産で、すでに赤ちゃんはいなくなってしまったか、あるいは子宮外妊娠の可能性があります。」
私「妊娠してなくて、ただの生理っていうことはありますか?」
先生「いや、それはないです。妊娠検査薬で反応があったということは、妊娠ですね」 つづき »
2009/2/9、私は流産した。
「科学的流産」という、ごく初期に起こる流産だった。
1月末、いつもなら生理予定日の2日前には体温が下がり始めるのに、今回はまるで下がる気配がなかった。何となくムカムカするし、これはもしかしたら…と思い、生理予定日から2日後の1/28、妊娠検査薬を使ったところ、うっすら陽性が出た。待望の第二子を妊娠したのだ。嬉しさのあまり、娘にも「赤ちゃんがお腹にいるんだよ」と話した。「え!あかちゃん?やったー」娘も、あかちゃんが出来たことを、とても喜んでくれた。「でも、まだ誰にも話しちゃダメだよ」と言い聞かせた。娘は「うん」と頷きながらも、ことあるごとに私のお腹を触って「あかちゃん、いる?」と何度も確認してきた。
一日も早く病院に行きたいが、あまり早い時期に行っても判断がつかないだろうし、心音が確認できる7週目~8週目あたりに行けばいいかと余裕に構えていた。この分だと、予定日は10月だ。また仕事を減らして、産後はいつから復帰できるだろうか…などと、色々な妄想をめぐらせて、赤ちゃんが育っていることを信じて疑わなかった。
三輪車を買ったのは、娘が2歳のクリスマスだった。
今の三輪車は、舵取り機能付き、折りたたみ収納で、狭い玄関でもコンパクトに置けるよう配慮されている。舵取り機能を使う際には、まだ足が追いつかない子の事を考慮して、ペダルが動かないようにもできるという優れものだ。かつて、自分が幼い頃に乗り回していた三輪車のイメージとは、まるで違う。三輪車も、時代とともに進化しているのだと感心したものだ。
舵取り機能がついているおかげで、自分でペダルをこがなくても三輪車に乗って遊べるので、娘もえらく気に入って、しばらくはどこへ行くにも「さんりんしゃでいくー」と言っていた。三輪車で新宿の街を闊歩したり、そのまま山手線に乗って出かけたこともある。
そうこうしているうちに、娘は3歳を迎えた。もうそろそろ、自分でペダルをこいで乗れるようになってもいいだろうと思い、こぎ方を教え続けていたが、娘はちっともコツがつかめない様子で、すぐに止まってしまう。間もなく「ねーおしてー」とか「もーつかれた」とダダをこね始め、仕方なくまた後ろから舵取りのバーを押してやるといった状態がしばらく続いた。そのうち娘も、自分ではこげない三輪車に飽きてきたのか、乗りたいと言わなくなってしまった。
そんなある日、あれは3歳2ヶ月頃だったか、久しぶりに三輪車の練習をさせようと思い、娘と二人、図書館まで三輪車ででかけた。道々、娘に練習させていたが、相変わらず平行線。どうしたら分かるのだろう?と考えていたところに、後ろから自転車に乗ったおばさんが私たちを追い越していった。
「・・・あ、これだ☆」私はとっさに閃いた。
「見て!!あのおばさんにみたいにペダルをこぐんだよ!」と娘に訴えた。娘はおばさんが自転車をこぐ後ろ姿をじーーーーーーーーーっと見つめていた。そして、次の瞬間、娘は突然、自分でペダルをこぎ始めたのだ!!
娘:「みてー!○○ちゃん、おばさんみたいだよ!」
娘は嬉しそうにおばさんの真似をして、ペダルをこいでどんどん進んでいくではないか!ついに娘は「ペダルをこぐ」ということを理解したのだ。自転車に乗って通り過ぎていった見知らぬおばさんのおかげで…。
考えてみたら、娘の身近で三輪車に乗って遊んでいる子がいなかったし、ウチには自転車がないから、誰かがペダルをこいでいる姿を見た事もなかった。こんな小さな子どもに、言葉で一生懸命説明したって、伝わるわけがなかったのだ。子どもというものは理屈じゃなく、見よう見まねで憶えるのだ。これぞ、まさに「百聞は一見にしかず」の典型的な例である。

それ以来、娘はすっかりコツをつかみ、今ではハンドル操作もマスターし、スイスイ三輪車に乗っている。ずっと乗れないままなのではないかと心配していたので、乗れるようになってくれて一安心だ。大げさだと思われるかもしれないが、運動音痴な私の血を受け継いでいる娘だけに、運動に関しては本当に心配なのだ。娘には、私のような苦労はさせたくない。
今のところ、運動は得意ではなさそうだが、私ほど下手でもなさそうだ。夫曰く、「スポーツはコツさえ分かれば人並みにはなるから大丈夫」と豪語しているので、夫に任せて見守ろうと思っている。
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