メガネっ子 〜次女編・メガネ完成と保育園の対応〜

メガネを作ると決めてから、保育園の先生にも報告した。
すると園長先生もクラス担任の先生も「まさか」という反応だった。メガネの扱い方について、保育園としても戸惑っている様子が伺えた。
数年前に年長さんでメガネの子がいたが、自分で管理できる年齢だったので問題なかったようだ。しかし他の園では、ボールがぶつかって壊れたメガネで怪我をした例もあるという。 “メガネっ子 〜次女編・メガネ完成と保育園の対応〜” の続きを読む

メガネっ子 〜次女編・メガネ作成〜

そして3ヶ月後。
二度目の検診に行った。前回と同じような視力検査をして、経過を見る。
視力は若干上がっているものの、結果はやはり「乱視」だった。
訓練士さんは迷いながらも「メガネをかけるギリギリのラインなので、様子をてもいいような気もしますが…ただ、かけた方がSちゃんも楽だし、今のうちに綺麗な映像を見せてあげることが脳の発達にも良いと思いますよ。」と言った。
少しでも次女のためになるのならと、メガネを作ることに決めた。
病院内には眼鏡屋さんが出張しているらしく、参考に見ていかれては、と勧められた。メガネの料金は9歳未満の子どもの場合、保険適用されるという。

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メガネっ子 〜次女編・受診〜

次女はメガネっ子だ。
きっかけは3歳児検診の視力検査だった。家で行う簡単なテストで、リンゴや飛行機、車など大小の絵を2.5m離れたところから見て当てるものだったが、次女の正解率は左右とも5問中2問くらい。何度かやってみたが、「わかんない!」と嫌がってやめてしまう。きっと質問の意味自体を理解していないのだろうと軽く思っていた。
ところが、保健師さんは結果を見て、「これは弱視の疑いがあるので大学病院で検査してください」と言う。寝耳に水で、絶句してしまった。まさかうちの子、メガネになるの???
「これまでに、気になるしぐさはありませんでしたか?例えば、テレビを近くで観たがるとか、目を細めて見るとか、片方の目で見ようとする、とか。」そんな仕草は見られなかった。
本人にとっては、自分の見ている映像が全て。だんだん視力が落ちてゆけば気づくのだけど、もともと見えてなければ見えにくいという概念すら持っていないから、異変に気付きにくいそうだ。

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次女のトイレトレーニング Part2

長女の時はどうだっただろう。思い出そうとするが、長女はいつの間にかパンツになってたという記憶しかない。こんなに苦労しなかったことだけは確かだ。トイレにも抵抗なく座ったし、保育園でいつの間にか出来るようになっていた、という感じだ。
お姉ちゃんが「ほら、こうやってするんだよ。」とトイレで用を足している様子を見せても、次女は「それが何か?」とでも言わんばかりの無表情で、プイッと出て行ってしまう。

次女はトイレでおしっこをすることに抵抗があるらしく、明らかにおしっこ行きたいのが分かるようなしぐさをしているにもかかわらず、「でない!」と拒否して、限界まで我慢する日々が続くようになった。
先生が、かたくなに我慢を続ける次女を見て「このままでは膀胱炎になってしまうから」と心配して、いったんオムツに戻すことにした。「いつまでもオムツしてる子はいないから大丈夫ですよ!時が来るのを待ちましょう♪」という開き直りのスタンスになった。なかなか進まないトイレトレーニングに悶々としていた私は、「いつまでもオムツしてる子はいない」この楽観的な言葉に少しだけ救われた。
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次女のトイレトレーニング Part1

2013年4月、次女は年少さんになった。3月に3歳になったばかりで、まだ赤ちゃんの面影のある次女が、幼児クラスの仲間入りをして付いて行けるのか、親としては少々気がかりだった。
当面の問題はトイレトレーニング。他のお友達がオムツを卒業して一人でトイレへ行ったり、パンツでお昼寝するのを尻目に、次女は当然のようにオムツで過ごしていた。それでも2歳終わり頃から、担任の先生がトイレトレーングを積極的に行ってくれていた。
やがて日中も保育園ではパンツで過ごしてみようということになったが、失敗の連続で毎日汚れたパンツを帰宅後に洗うのが日課となった。

次女のやる気を引き出すため、大好きなジュエルペットのパンツも買ってみた。「ルビーやエンジェラが汚れるとかわいそうだから、ちゃんとトイレでしようね!」と約束したものの、トイレに行く気になるのは数日だけ、その後は相変わらず失敗続きで、ジュエルペットのパンツは、毎度漂白して洗ってもおしっこの匂いが染み付いたものになってしまった。
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「悪夢」を減らす方法

2歳8ヶ月の次女が、夜中に突然、泣き出すことがある。
それは大抵私が添い寝していない時で、突然「うわぁぁぁん!!!」と火がついたような泣き声と共に、親の姿を探して起きてくる。
抱き上げて「どうしたの?怖い夢見た?」と訊くと、コクリと頷き、すがりつくように泣きじゃくって離れない。悪夢って大人でもドキッとするし、子どもにとってみたら夢と現実の区別がつかなくて何倍も恐ろしく感じるんだろうな。 “「悪夢」を減らす方法” の続きを読む

次女の断乳

次女1歳7ヶ月、そろそろ断乳しなければ…と思っていた2011年の12月。しかし冬はただでさえ体調を崩しやすく、決行してもいいものなのか迷っていたが、2歳前に断乳したかったし、人の手がある時の方がいくらか楽だろうという理由で、お正月休みに実家に帰省したときに決行しようと思っていた。
ところが、次女の体調不良と謎の紫斑騒動のため、急遽帰省はキャンセル、断乳どころの話ではなくなってしまった。

幸い紫斑病ではなく、原因不明のまま病状が回復した。病み上がりだし、もう断乳は諦めて、2歳を過ぎてしまうが春まで待とうと決意した矢先、思いがけず断乳を決行せざるを得ない出来事が起こった。

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次女、謎の紫斑騒動

それは2011年12月26日、次女が突然発熱したことから始まった。それまでも、鼻水を垂らしていない日はなかったし、ちょこちょこ熱を出して体調を崩していて不安定な状態が続いていたから「またか」という感じだった。
小児科に連れて行くと「普通の風邪だから年内中には治るでしょう。」と言われホッとした。暮れには病院も閉まってしまうから、ギリギリセーフだ。これで治ればありがたい。大事をとって翌日まで保育園はお休みし、年内保育園最終日の28日、元気に登園した。

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次女について

次女は生まれつき目力が強く、赤ちゃんの頃からすでに貫禄のある風貌をしていた。体つきは小柄なのに、よく男の子に間違われた。やや色黒で、淡いピンクやフリルとか、女の子っぽい服が似合う顔立ちではないため、紺や黒、紫、白など、落ち着いた色のシンプルな服を着せていたから無理もない。
顔立ちは長女の赤ちゃんの頃に似ているのだが、全然違うタイプだ。無愛想で、初対面の人には警戒心むき出し、上目遣いでじーーーーっと様子を伺っている。子どもらしからぬ威圧感を与えるため、私の友人や親戚からは「悪い事してないのに後ろめたい気分になる」「理由もなく謝りたくなる」などと言われ、おまけに好き嫌いがはっきりしている。こんな調子じゃ保育園に入っても可愛がられないんじゃないかと心配したものだ。

ところが、1歳になって保育園に通い始めると、意外にも先生たちから「Sunnyちゃんは癒し系」と口々に言われ、しかも「抱っこされ上手」だという。抱っこすると無言で頭を肩にもたれかけて、ぺたっとくっつくように甘えてくる様子がハートを鷲掴みにするらしい。そして普段、無愛想でマイペースなのだが、たまに見せる笑顔は最高で、顔をくしゃくしゃにして二コーーーッと笑う。このギャップがたまらず、親の心配をよそに、先生たちはみんな次女を可愛がってくれた。いわゆる「ツンデレ」という言葉がぴったりの子だ。

引っ越しして、新しい保育園に入った。初日に牛乳を出されると、「いらない」と言わんばかりに無言で突き返し、お昼寝の時、先生が身体を「トントン」とやさしくたたいて寝かしつけようとすると、なんと先生の手を「パシッ」とその小さな手で払いのけたという。先生たちの間で「気の強い子が入ってきた」と噂になったらしい。入園してしばらく、保育園では警戒して一言も声を発しない状態が続いたようだが、泣いて嫌がることもなく、すんなり馴染んでいった。次第に先生にもお友達にも慣れ、楽しそうに遊ぶ姿が見られるようになった。

次女のクラスのお友達は、土曜保育を利用する人がおらず、次女一人がお兄さんお姉さんたちに混ざって保育されていた。そのおかげで、私が知らない上のクラスの子たちも、「あ、Sunnyちゃんだ!かわいい♪」と声をかけてくれるようになった。
先生やクラスのお母さんにまで、「私、Sunnyちゃんのファンなんです。あの落ち着き払った佇まいが最高!」と言われ、私の母も「たまに無性にSunnyに会いたくなる。なんか雰囲気のある子よね」と言う。決して顔立ちが可愛いわけでもないのに、不思議な子だ。次女を見ていて、笑顔の安売りをしない方が効果的ということ、ゆっくり着実に行動する方がうまくいくこと、人の顔色を伺わず、やりたいことを黙々とやる方が人はついてくるのだということを学んだ。

次女は叱られると、ギャーッとは泣かず、じっとこちらを見つめて、次第に目を潤ませ、ポロポロと涙を流す。久しぶりに会う人には、照れくさいのか慣れるのに時間がかかる。初めての場所は苦手で、デリケートな一面もある。人のことをよく観察しており、教えていないのにいつの間にか出来るようになっているところは、さすが第2子である。パズルが大好きで、長女が使っていた3歳用のパズルを、いつの間にか一人で出来るようになっていた。黙々と、かなり長い時間でも一人集中してパズルを組み立てている。保育園でも、お友達が飽きてしまった遊びを一人でも残って続けるといった様子が連絡帳に度々書いてある。どうやら粘着質タイプらしい。
自分の要求が通るまで、引き下がらない。わがままな夫に「Sunnyは、ひどくわがままだ。」と言わせるほどだ。魔の2歳児だし、特に大変な時期なのかもしれないが、口が達者になれば、もっと手強くなるだろう。親としてのスキルを磨いておかないと、押しに弱い私は早くも負けそうである。

おっぱいは1歳10ヶ月で断乳したが、その名残で、私のタンクトップのストラップを両手で握る癖がある。寝る時はもちろん、外出先で抱っこしてる時でも、必ずこれをやるから恥ずかしい。次女が眠ったのを見計らって布団から抜け出そうとするが、ストラップに両手をからめて、知恵の輪のようにしっかり掴んでいるため、外す事ができず、何度も失敗して寝落ちしてしまう日々だ。

病気もちょこちょこするが、幸い大事には至らず、今のところ順調に成長している。3月生まれで、周りの子に比べて成長はゆっくりだが、ひとつ出来る事が増えると心底嬉しい。最近、少しずつ2語文を話せるようになってきた。「どうやって、やるの?」「Sunnyちゃんも、やる。」「アンパンマン、みたい。」「ママ(が)、いい」「パパ、やぁだ(泣)」「ねぇね、ずるい!」「だめ!!」「Sunnyちゃんの!!」「いな(ら)ない!」「あいふぉん、かして!」
これからどんなおしゃべりが聞けるのか楽しみだ。

以上、2歳3ヶ月の次女でした。

3月生まれの認可保育園入園

以前住んでいた新宿区は、保育園の待機児童が500人を越えている時期があった。そんな入園激戦区で、私も3月生まれの次女を何とか保育園に入れてもらいたくて申請書類を出し、空きを待っていた。3月生まれの子は、0歳4月には入園できないので、(生後2ヶ月からが一般的)この時点で認可保育園入園の道は、他の月齢の子に比べてハードルが高くなる。1歳クラスは途中入園が難しく、2名程度の募集しかしないからだ。

長女が通っている保育園には、途中入園枠があり、詳細は6月中旬頃発表された。抽選で当たれば、9月から入園できる可能性があった。しかし私は、この制度をよく知らず、早く仕事復帰して働いていることをアピールすれば入りやすくなるんじゃないかと思い込み、さらに土曜日に長女を預けて仕事をしたいという理由で復職届けを5月に出してしまった。これが失敗だった。復職している=子どもを預けられなくても仕事ができる、という解釈で、逆に途中入園の申し込みが出来ないという事態に陥った。よく調べなかった自分が悪いので、仕方なく途中入園枠はあきらめ、母が子守りに来られる日と、それ以外は区の児童センターの一時保育を利用し、できる範囲で細々と仕事をした。

ちなみに、一時保育で一日に預けられるのは最長4時間で¥3,050。しかし、一時保育は入園審査の対象外。加点対象となるのは、認証保育園やベビーシッターなどに定期的に預けている場合のみだった。

もちろん、認証保育園にも入園希望を出していたが、年度途中はどこも空かなかった。「現在90人待ちです」なんて当たり前。保育ママさんも空きがない。ベビーシッターは高すぎて踏み切れない。私の収入がすべて保育料で消えてしまうというのは、現実的ではなかった。八方塞がりの中、『それでもあなたは働きますか?』と、決意を問われているような心境だった。

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