汲む-Y.Yに-

『汲む-Y.Yに-』

茨木 のり子

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞いの美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子どもの悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても 咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・・・・・・
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです
 

この詩を読んで、強ばった心がフッと軽くなる思いがした。ふんわりと包み込まれたような、何とも言えない安堵感だ。

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自分の感受性くらい

茨木のり子さんの詩。私の尊敬し、信頼するピアノの先生に教えていただいた。
今の自分にとって、宝物のような言葉だ。

 

「自分の感受性くらい」

茨木 のり子

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近隣のせいにするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性ぐらい
自分で守れ
ばかものよ 


この先、きっと何度もこの詩から、さまざまなを何かを感じるだろう。
愚かな自分を戒めつつ、豊かな感受性を持った大人になりたいと心から思う。

おじいちゃん

夫の実家に、久しぶりに遊びにいったときの話。その日はいとこ(男子・5歳)と一緒におじいちゃんの家で遊んでいた。娘が持っていた折り紙で遊ぶ事になり、いとこの希望で夫がキリンを作ってあげた。それを見た娘は、『それ、○○ちゃんの!!』とダダをこねはじめた。もちろん、いとこは譲らない。「同じのを新しく作るから」と言ってもダメ、パンダを作ってもゾウを作っても、気に入らない。『いとこのキリン』がいいと言って聞かないのだ。

母:「これは、もともといとこ君のだよ。わがまま言わないで」
娘:「いやーーーーっ!!だって、それは○○ちゃんのだから!!」

号泣しながら、訴える娘。何度説得してもダメ。治まるどころか、いよいよ泣き声は激しくなる。夫もおばあちゃんも困り果て、お手上げ状態。私は堪忍袋の緒が切れる寸前になり、つい強い口調で叱ってしまう。もう遅い時間になっていたので、混乱の中、いとこはキリンを持って家に帰ってしまった。

こうして平行線が続いていた、そんな時。
となりの部屋でテレビを見ていたおじいちゃんが、リビングにやってきた。 “おじいちゃん” の続きを読む

卵アレルギーその後

娘は生後4ヶ月で卵アレルギーと診断された。
それからというもの、授乳中の私も大好きな卵料理を控え、娘の食事には当然、卵を出さなかった。
保育園でも入園してから1歳クラスまでの2年間は、アレルギー対応で卵を除去してもらっていた。

除去の内容は、それはもう徹底したもので、ゆで玉子や目玉焼きなどの卵料理はもちろん、卵をつなぎに使う料理(ハンバーグ、ケーキ等)やマヨネーズに至るまで、すべて除去していた。

クリスマスの日のおやつはケーキだったのに、娘だけ「おせんべい」だったことは今思い出しても未だに不憫でならない。

家では、さすがにそこまではしなかった。
加熱すれば卵のタンパク質が変化するので、大丈夫だろうと思い、1歳過ぎてからはハンバーグやホットケーキなどは与えていた。それでもアレルギー反応は見られなかったので、少しずつ卵を使った料理を試していった。

2歳になった頃、いよいよゆで卵に挑戦した。
細かくちぎって様子を見ながら食べさせようと思っていたのに、娘は私の目を盗んで、ゆで卵をまるごとつかみ、ガブリと大胆に食べてしまった。

変化は間もなく現れた。5分ほど経つと、娘の目の周りがだんだん赤くなり、たちまち顔が赤く腫れ上がって、まるで別人のような顔になってしまった。これには本当に驚き、慌てた。
幸い、娘は気持ち悪がる様子もなく、30分も経つと顔の腫れは次第に引いていった。
やっぱり、まだ直に卵はダメだとはっきり分かった。参考までに、その時の写真を掲載しよう。

 

2歳になってから、再度血液検査を受けた。すると、卵アレルギーの数値がかなり下がっていた。

そして現在。3歳になった娘は、卵料理を普通に食べられるようになっている。
マヨネーズもいける。生卵だけはまだ与えていないが、おそらくほとんど問題ないだろう。
ちなみに、いくらは大好物で、私と取り合いになるほどだ。魚卵だからセーフだったのだろうか?

保育園でも、生卵だけは除去にしているが、そもそも保育園で生卵は出ないし、普通食になったといってもいいだろう。

「卵アレルギー」と診断された時は、それはそれは落ち込み、心配したものだ。しかし、その時医者が言った通り、成長とともに食べられるようになって本当に良かった。
娘は今、卵を割ったり、ゆで卵の殻剥きをしたりと、料理のお手伝いを進んでしてくれる。色々な意味で、成長したものだとつくづく思う。

ココチャミ?

娘は現在3歳4ヶ月。言いまつがいが可愛らしく、面白い今日この頃。

中耳炎で耳鼻科に通う事はや1ヶ月。ムコダインシロップとクラリシッド(粉薬)で様子を見ていたが、経過が芳しくない。そのため、先日、先生が新たに漢方薬を処方した。

今までの粉薬は、少量の水で練って上あごになすり付けて水で流し込んでいた。基本的に薬好きな娘だが、この漢方薬は量が多いので、この方法は無理そうだ。

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断乳について思うこと

迷いに迷って、断行した断乳。
おっぱいが大好きな娘から、おっぱいを取り上げてしまうことはとてもとても辛かったです。しかし、私の身体も限界が近づいていたし、二歳過ぎるともっと辛くなると聞いて今しかないと判断しました。

断乳が娘に与えたダメージは、私の想像をはるかに超えていました。
手足口病、登園拒否、テレビ依存症、ストレス性の嘔吐…
断乳中の大変さは覚悟していましたが、断乳を終えてからも、こんなに大変だとは思ってもみませんでした。
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断乳のストレス?

手足口病から復活したのはいいのですが、どうも娘の様子が変です。
わがままがひどく、言うことをきかなくなったり、アンパンマンのビデオを長時間、中毒のように観たがったり。一番の変化は、保育園に行きたがらなくなったことです。毎朝泣いて嫌がっていました。それでも保育園に行ってしまえば、楽しく遊んでいる様子なので問題ないように見えました。

しかし 6/14。先週の手足口病騒動で行けなかったピアノのレッスンに行った帰りの電車で、保育園から携帯に留守電が入っているのに気がつきました。嘔吐を繰り返しているというのです。
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手足口病 Part 2

6/4(月) 手足口病が発病してから4日目
まだ熱が下がりません。日中食欲もなく、ぐったりしていました。ウトウトしては目を覚まし、ぐずるので抱っこして落ち着かせる…の繰り返し。そんな時に限って、仕事の電話やら訪問者が多いんですよね。ホント勘弁してほしいです。

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手足口病 Part 1

断乳後、保育園へ行き始めて1週間後。
6/1(金) の夜、娘の身体に赤くて細かい、固めの発疹が出ました。

気になって、翌6/2(土)の朝、かかりつけの小児科へ行くと手足口病と診断されました。

「手足口病は、今、保育園で流行っています。お子さんによって症状の重さが違って、軽ければ2日くらいで治りますが、口の中に発疹が出来ると痛くて食欲がなくなったり、高熱が続く場合もあります。」

どうやら、娘が断乳でお休みしている間に、広まっていたようです。クラスのお友達も、みな一様にかかっているとのこと。

「それほど深刻な病気じゃないですから」という医師の言葉もあって、それほど心配していませんでした。それに、当の娘も至って元気で食欲もありました。

手足口病については、特に薬はなく、自然治癒を待つしかないとのこと。薬が必要のない病気なら、きっと娘の場合も軽く済むだろう。と、楽観的に考えていました。
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断乳その後

またまたブログ放置してしまいました。もう12月か。。。うそでしょ????

断乳から、はや半年近くが過ぎたのですねぇ。すでに懐かしいです。

結局、断乳して4日くらいは実家でお世話になって、一番大変な時期を乗り切りました。

断乳時の寝かしつけは苦労しましたが、散歩やドライブが効果的でした。あとは、娘の大好きな飼い猫が、泣いてる娘にはいい気晴らしになったようです。食べ物では、氷やりんごをしゃぶらせたり、好物のいちごで紛らわせました。

一方、私は3日目くらいから、おっぱいがガチガチに張ってきました。久しぶりのこのガチガチ感!痛くて、体調も思わしくありませんでした。乳腺炎になりそうな気配を感じ、東京に戻る日にオケタニに予約しました。
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