それは2011年12月26日、次女が突然発熱したことから始まった。それまでも、鼻水を垂らしていない日はなかったし、ちょこちょこ熱を出して体調を崩していて不安定な状態が続いていたから「またか」という感じだった。
小児科に連れて行くと「普通の風邪だから年内中には治るでしょう。」と言われホッとした。暮れには病院も閉まってしまうから、ギリギリセーフだ。これで治ればありがたい。大事をとって翌日まで保育園はお休みし、年内保育園最終日の28日、元気に登園した。
次女について
次女は生まれつき目力が強く、赤ちゃんの頃からすでに貫禄のある風貌をしていた。体つきは小柄なのに、よく男の子に間違われた。やや色黒で、淡いピンクやフリルとか、女の子っぽい服が似合う顔立ちではないため、紺や黒、紫、白など、落ち着いた色のシンプルな服を着せていたから無理もない。
顔立ちは長女の赤ちゃんの頃に似ているのだが、全然違うタイプだ。無愛想で、初対面の人には警戒心むき出し、上目遣いでじーーーーっと様子を伺っている。子どもらしからぬ威圧感を与えるため、私の友人や親戚からは「悪い事してないのに後ろめたい気分になる」「理由もなく謝りたくなる」などと言われ、おまけに好き嫌いがはっきりしている。こんな調子じゃ保育園に入っても可愛がられないんじゃないかと心配したものだ。
ところが、1歳になって保育園に通い始めると、意外にも先生たちから「Sunnyちゃんは癒し系」と口々に言われ、しかも「抱っこされ上手」だという。抱っこすると無言で頭を肩にもたれかけて、ぺたっとくっつくように甘えてくる様子がハートを鷲掴みにするらしい。そして普段、無愛想でマイペースなのだが、たまに見せる笑顔は最高で、顔をくしゃくしゃにして二コーーーッと笑う。このギャップがたまらず、親の心配をよそに、先生たちはみんな次女を可愛がってくれた。いわゆる「ツンデレ」という言葉がぴったりの子だ。
引っ越しして、新しい保育園に入った。初日に牛乳を出されると、「いらない」と言わんばかりに無言で突き返し、お昼寝の時、先生が身体を「トントン」とやさしくたたいて寝かしつけようとすると、なんと先生の手を「パシッ」とその小さな手で払いのけたという。先生たちの間で「気の強い子が入ってきた」と噂になったらしい。入園してしばらく、保育園では警戒して一言も声を発しない状態が続いたようだが、泣いて嫌がることもなく、すんなり馴染んでいった。次第に先生にもお友達にも慣れ、楽しそうに遊ぶ姿が見られるようになった。
次女のクラスのお友達は、土曜保育を利用する人がおらず、次女一人がお兄さんお姉さんたちに混ざって保育されていた。そのおかげで、私が知らない上のクラスの子たちも、「あ、Sunnyちゃんだ!かわいい♪」と声をかけてくれるようになった。
先生やクラスのお母さんにまで、「私、Sunnyちゃんのファンなんです。あの落ち着き払った佇まいが最高!」と言われ、私の母も「たまに無性にSunnyに会いたくなる。なんか雰囲気のある子よね」と言う。決して顔立ちが可愛いわけでもないのに、不思議な子だ。次女を見ていて、笑顔の安売りをしない方が効果的ということ、ゆっくり着実に行動する方がうまくいくこと、人の顔色を伺わず、やりたいことを黙々とやる方が人はついてくるのだということを学んだ。
次女は叱られると、ギャーッとは泣かず、じっとこちらを見つめて、次第に目を潤ませ、ポロポロと涙を流す。久しぶりに会う人には、照れくさいのか慣れるのに時間がかかる。初めての場所は苦手で、デリケートな一面もある。人のことをよく観察しており、教えていないのにいつの間にか出来るようになっているところは、さすが第2子である。パズルが大好きで、長女が使っていた3歳用のパズルを、いつの間にか一人で出来るようになっていた。黙々と、かなり長い時間でも一人集中してパズルを組み立てている。保育園でも、お友達が飽きてしまった遊びを一人でも残って続けるといった様子が連絡帳に度々書いてある。どうやら粘着質タイプらしい。
自分の要求が通るまで、引き下がらない。わがままな夫に「Sunnyは、ひどくわがままだ。」と言わせるほどだ。魔の2歳児だし、特に大変な時期なのかもしれないが、口が達者になれば、もっと手強くなるだろう。親としてのスキルを磨いておかないと、押しに弱い私は早くも負けそうである。
おっぱいは1歳10ヶ月で断乳したが、その名残で、私のタンクトップのストラップを両手で握る癖がある。寝る時はもちろん、外出先で抱っこしてる時でも、必ずこれをやるから恥ずかしい。次女が眠ったのを見計らって布団から抜け出そうとするが、ストラップに両手をからめて、知恵の輪のようにしっかり掴んでいるため、外す事ができず、何度も失敗して寝落ちしてしまう日々だ。
病気もちょこちょこするが、幸い大事には至らず、今のところ順調に成長している。3月生まれで、周りの子に比べて成長はゆっくりだが、ひとつ出来る事が増えると心底嬉しい。最近、少しずつ2語文を話せるようになってきた。「どうやって、やるの?」「Sunnyちゃんも、やる。」「アンパンマン、みたい。」「ママ(が)、いい」「パパ、やぁだ(泣)」「ねぇね、ずるい!」「だめ!!」「Sunnyちゃんの!!」「いな(ら)ない!」「あいふぉん、かして!」
これからどんなおしゃべりが聞けるのか楽しみだ。
以上、2歳3ヶ月の次女でした。
幼保小連携園
引っ越し先の区は、子育て支援に力を入れており、子ども園や小中一貫校を設立するなど、積極的に新たな試みを行っている。
長女が転入した保育園は、もともとは幼稚園だが、おととしから保育園が開園し、こども園としてリニューアルした。保育施設と直結した文化センターも新設され、隣は系列の小学校という大変恵まれた環境で、幼保小連携園のモデル校として注目されている園だった。
開園したばかりなので、長女のいる保育園の年長クラスは9人しかいなかった。一方、幼稚園の年長クラスは30人以上。保育園クラス、幼稚園クラスとも、担任の先生は1名ずつで、補助の先生が2人。圧倒的に幼稚園児が多いため、日中は幼稚園児と保育園児をシャッフルし、それを2グループに分けて保育していた。午前中から午後2時までは幼稚園の教育時間、それ以降は保育園の保育時間となり、部屋を移動し担当の先生も変わる。
お昼ご飯は、幼稚園児はお弁当を、保育園児は給食を食べるが、それも幼稚園児と保育園児がシャッフルした状態で、グループに分かれて一緒に食べていた。
隣の小学校とも頻繁に交流を持ち、プールや芝生で小学5年生と遊んだり、学校給食を食べに行ったりと、小学校への移行をスムーズにする配慮がなされていた。
3月生まれの認可保育園入園
以前住んでいた新宿区は、保育園の待機児童が500人を越えている時期があった。そんな入園激戦区で、私も3月生まれの次女を何とか保育園に入れてもらいたくて申請書類を出し、空きを待っていた。3月生まれの子は、0歳4月には入園できないので、(生後2ヶ月からが一般的)この時点で認可保育園入園の道は、他の月齢の子に比べてハードルが高くなる。1歳クラスは途中入園が難しく、2名程度の募集しかしないからだ。
長女が通っている保育園には、途中入園枠があり、詳細は6月中旬頃発表された。抽選で当たれば、9月から入園できる可能性があった。しかし私は、この制度をよく知らず、早く仕事復帰して働いていることをアピールすれば入りやすくなるんじゃないかと思い込み、さらに土曜日に長女を預けて仕事をしたいという理由で復職届けを5月に出してしまった。これが失敗だった。復職している=子どもを預けられなくても仕事ができる、という解釈で、逆に途中入園の申し込みが出来ないという事態に陥った。よく調べなかった自分が悪いので、仕方なく途中入園枠はあきらめ、母が子守りに来られる日と、それ以外は区の児童センターの一時保育を利用し、できる範囲で細々と仕事をした。
ちなみに、一時保育で一日に預けられるのは最長4時間で¥3,050。しかし、一時保育は入園審査の対象外。加点対象となるのは、認証保育園やベビーシッターなどに定期的に預けている場合のみだった。
もちろん、認証保育園にも入園希望を出していたが、年度途中はどこも空かなかった。「現在90人待ちです」なんて当たり前。保育ママさんも空きがない。ベビーシッターは高すぎて踏み切れない。私の収入がすべて保育料で消えてしまうというのは、現実的ではなかった。八方塞がりの中、『それでもあなたは働きますか?』と、決意を問われているような心境だった。
耳かきは必要?
先日、長女が耳鼻科検診の結果を持ち帰ってきた。用紙には「耳垢が溜まっていて鼓膜が見えません。耳鼻科を受診してください」という内容が書かれていた。驚いて、早速長女の耳の穴の中を覗いてみた。我が家の耳かきは、耳かき部分がライトになっていて、耳垢が良く見える。なるほど、確かに耳垢で穴がふさがって見えない。入り口付近の耳垢をかき出すと、ごっそり大きな耳垢が出るわ出るわ。しかし、奥深くに耳の穴を完全に塞いでいる耳垢の膜だけは取れなかった。これ以上、耳かきを侵入させたら、めちゃくちゃ痛がるに決まっている。諦めて、学童帰りの夕方、長女を耳鼻科に連れていった。
次女の保育園
気づけば、ブログ放置して3ヶ月以上経ってしまった。いつものように、駆け足で今までのことを書いていくが、まずは次女の保育園事情から。
4月。次女がようやく念願だった保育園に入園した。当初は長女が通っている同じ認可園を希望していたが、人気園かつ1歳クラスの空きが1名と激戦のため、「望みは限りなく0パーセントに近いです。」と保育課の担当者から再三言われてきた。ここに入るには、保育実施指数が40点以上・・・つまり、特別な事情を抱えたご家庭の子どもでないと、まず無理というレベルらしい。
最後の面談で「ここなら望みはありますよ。」と提案されたのが、自宅から徒歩20分以上という、大変遠い保育園だった。入れたとしても、毎日の送り迎え、雨の日のこと、長女のお迎え時間に間に合うのか等、悩みに悩んだ末に、認可園はきっぱり諦めた。それで、以前から登録していた認証保育園に専願希望を出し、晴れて4月から入園できたというわけだ。
認可園をやめた理由は他にもあった。夏には引っ越しをする予定で、転入先の区では、認証保育園に入れていた方が1点高くなることが分かったからだ。
突発性発疹
次女、生後11ヶ月。これまで病気や肌荒れなどのトラブルが一切なかった次女が、ついに突発性発疹にかかった。
2/13(日)日中38.4℃から、夜には38.9℃まで熱が上がる。
2/14(月)
39.3℃。朝の予定をキャンセルし、小児科へ。月齢的に突発性発疹の疑い濃厚だが、熱が下がってから1日2日経って発疹が出るまでは確定できない、とのこと。インフルエンザ検査は陰性。抗生剤と整腸剤、解熱剤をもらって帰宅。
子どもが体調を崩すのは、いつも「よりによって、なぜ今!?」という時だ。今週は、仕事、打ち合わせ、ずっと行きたかったリサイタルが二件、一時帰国している生徒が顔を見せに来たりと、予定が目白押しなのに・・・どうしよう。
夜8時頃、ついに40℃を越えた。解熱剤を入れて37℃台に下がると、これまで横になって動かなかった次女が急に起き出し、活動を始めた。しかし夜中また38℃台になり、うなされて起き、水飲んで母乳飲んで少し眠る…の繰り返し。お互い寝不足でぐったり。
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夜泣きの原因
次女は、おっぱいの味に敏感だ。
マクドナルドやケンタッキーフライドチキン等のファーストフード、お菓子やケーキ、脂っこい食事を多く採った日は、決まって夜泣きの回数が増え、お互い寝不足になる。
長女のときは、こういった食事をするとすぐに乳腺炎になってしまうので、節制するしかなかった。長女自身は、あまり味に反応するタイプではなく、どんなに詰まったおっぱいでも、文句を言わずに吸ってくれていた。
今回は第2子ということで乳腺が開通しており、おっぱいのトラブルはほとんどなく、オケタニにも2回しか行かずに済んでいる。
「ちょっと詰まったな」と感じたら、葛根湯と冷えピタと搾乳で対処し、食事を改善すれば、数日で回復する。だから、ついつい食事も気の向くままに採りがちになって、うっかり不摂生をすると、夜中に次女の夜泣き攻撃をくらって「そうか、○○を食べたせいだ」と気づかされ、反省するのだ。
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子どもの食欲
次女はよく食べるタイプだ。長女の離乳食でさんざん悩まされ苦労しただけに、この食べっぷりには感動すら覚える。食べる子の食事とは、こんなに楽なものなのかと、嬉しいやら拍子抜けするやら、、、驚くばかりだ。
次女の場合、授乳に少々手こずった。予定日より20日早く生まれたためか、母乳を飲むのが下手だった。空気ばかりを飲み込み、よくむせていた。
長女は生まれてすぐに上手に母乳を飲めて、母乳一筋、ミルクもほとんど飲まずに済んだし、おっぱいを見せれば、絶対に吸い付いてきて、コクコク美味しそうに飲んでいた。
しかし、次女はちょっと違った。小さめに生まれて、母乳の出が悪かったはじめの一ヶ月はミルクと混合だった。母乳が軌道に乗ってからは完全母乳になったが、次女の場合、自分が飲みたくないときには、おっぱいを差し出してもそっぽを向き、「いらない。」と言わんばかりに手で押しのける仕草までする。
「・・・この子は、ちょっと違うぞ」そんな風に感じていた。
食べない子への対処法
長女が0歳で保育園に入園した頃から、「娘が食べない」ことが気がかりで仕方なかった。
入園間もない頃の保護者会で、自己紹介にもかかわらず、沈痛な面持ちで離乳食を食べないことを話してしまい、先生が対応に困っていたのを今でも覚えている。さぞ暗い印象の母親だと思われたことだろう。
食事については、進級するたび、担任の先生たちに相談してきた。それでも、保育園では食べられているようで、食事態度も成長発達にも全く問題がなかったため、家での様子を話すと驚いた様子だったが、つまりは「お母さんに甘えたいのでしょう」という意見だった。
しかし、だからといって好き勝手にさせるわけにはいかない。食事に1時間以上もかかっていては、お風呂や就寝時間がどんどん遅くなってしまう。これは深刻な問題である。
今までに保育園の先生たちからいただいた具体的なアドバイスをまとめてみた。
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