『知命』
茨木 のり子
他(ほか)のひとがやってきて
この小包みの紐 どうしたら
ほどけるかしらと言う他のひとがやってきては
こんがらがった糸の束
なんとかしてよ と言う鋏(はさみ)で切れいと進言(しんげん)するが
肯(がえ)んじない
仕方なく手伝う もそもそと生きているよしみに
こういうのが生きてるってことの
おおよそか それにしてもあんまりなまきこまれ
ふりまわされ
くたびれはててある日 卒然と悟らされる
もしかしたらたぶんそう
沢山のやさしい手が添えられたのだ一人で処理してきたと思っている
わたくしの幾つかの結節点(けっせつてん)にも
今日までそれと気づかせぬほどのさりげなさで
汲む-Y.Yに-
『汲む-Y.Yに-』
茨木 のり子
大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞いの美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました私はどきんとし
そして深く悟りました大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子どもの悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても 咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・・・・・・
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです
この詩を読んで、強ばった心がフッと軽くなる思いがした。ふんわりと包み込まれたような、何とも言えない安堵感だ。
自分の感受性くらい
茨木のり子さんの詩。私の尊敬し、信頼するピアノの先生に教えていただいた。
今の自分にとって、宝物のような言葉だ。
「自分の感受性くらい」
茨木 のり子
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか苛立つのを
近隣のせいにするな
なにもかも下手だったのはわたくし初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄自分の感受性ぐらい
自分で守れ
ばかものよ
この先、きっと何度もこの詩から、さまざまなを何かを感じるだろう。
愚かな自分を戒めつつ、豊かな感受性を持った大人になりたいと心から思う。
