早いもので12月に突入した。妊娠6ヶ月を迎え、仕事関係の先生方や生徒たちに報告をする日々だ。
普段、滅多に話す機会のない、お偉いピアノの先生方に妊娠報告と引き継ぎの件でお手紙を出すのは緊張して気が重かった。しかし、避けては通れないことなので、思い立って11月末に一斉に送った。
生徒たちも、大きくなったお腹に気づいて「やっぱり」という反応を見せる。
そんな中、生徒として来ているピアノの先生のお話がとても心に染みた。
産後しばらくお休みさせて頂くお話をして、いつ復帰できるか分からないし、生活がどうなっていくか不安だと何気なく話した。すると「大変なのは、5年です。」ときっぱりおっしゃった。
リンクルンを預かり、シフォンのお世話をしていた妹からメールがきた。
「リンクルンの充電がなくなりました。甘やかし過ぎて『ふつう』から『ふとい』になってしまいメタボシフォンで幕を閉じてしまいました。私の凡ミス…」
『ちょうちっちゃい』だったシフォンが、『ふとい』シフォンになるなんて!! 一度拝みたかったが、充電切れとは残念だ。
11/5(木)
今日から保育園へ行く。あらかじめ保育園に連絡して、登園する旨を伝えておいた。案の定、娘は行きたくない様子で浮かない顔をしていたが、主人にせかされて、渋々と出かけて行った。
今日は久しぶりの登園だし、病み上がりで疲れるだろうと思い、いつもより早めにお迎えに行くと、娘はいつもと変わらず楽しそうに先生にじゃれついていた。
私を見つけて「見て!作ったのー」と、折り紙で作った財布とリボンを紙テープでネックレスのように首から下げたものを得意げに見せてくれた。
すっかり馴染んでいるみたいで、よかった。
現在、自宅にリンクルンはない。
どうしたかというと。。。私の妹がシフォンのお世話をしている。
その理由を説明しよう。
先日の弟の結婚式出席のために、娘はお気に入りグッズをバッグに入れて実家へ行ったが、その中に、リンクルンも入っていた。
結婚式を終えた翌日の夜、主人の車に父と妹を一緒に乗せて東京へ戻った。
実家を出るとき、リンクルンが放ってあるのを見つけた妹は、忘れて行ったら娘が悲しむだろうと、自分のバッグにとりあえず入れたそうだ。
そして案の定、うっかりものの妹は、そのまま持ち帰ってしまったらしい。
それに気づいたのは、翌日の仕事中。「ピロピロピロン!」と、ひたすら鳴り響くアラーム音。「誰の携帯!?」ときょろきょろすると、誰も取ろうとしない。
変に思った妹は、その音の出所が自分のバッグの中だと気づいた。と同時に、そのアラーム音は、携帯ではなく「リンクルン」であると知ることになる。
慌てた妹は、アラーム音を止めようと必死になるも、操作の仕方が分からず、仕方なくロッカーにひとまず押し込んでおいたという。
そしてまもなく、母に電話が来たらしい。
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11/4(水)
今日は仕事を休んで1日娘と過ごした。
登園許可証をもらうため、近所の総合病院を訪れた。
保育園の隣にある小児科に行こうか、救急でかかった大学病院にしようか迷ったが、私も咳が出ていて受診したかったので、近所の総合病院のに決めた。同じように数時間待たされるのであれば、二人一緒に診てもらえる所の方が効率的だ。
電話で問い合わせると、「基本的には最初にインフルエンザと診断された病院に行くものですが、登園許可証は出せると思います。ただ、もう一度検査をしますが、それでもいいですか。最初にかかった病院に行けば、検査はしなくて済みます。」と言われた。
鼻の奥に検査薬を突っ込まれ、ものすごく痛い検査らしい。かつて主人はその検査で鼻血を出し、いつもは気丈な娘も泣いたと聞いて、総合病院と大学病院とで迷った。娘に説明すると、やはり「いやだ」と言う。しかし私としては総合病院で済ませたい。頑張ったら、帰りにスーパーで好きなものを買ってあげる約束をすると、娘もすんなり頷いてくれた。
11/3(火・祝)
今日は娘が帰ってくる日だ。昨夜の話では、今日はいとこと遊んで夕食後に帰る予定だという。もうすでに日曜日に一緒に買い物へ行き、昨日の夕飯も一緒に食べているようなので、今更一緒に遊んでくることを不安に思っても仕方ない。
昼間、スーパーへ買い物に行き、冷蔵庫の整理や床掃除をしていると、午後3時半頃、主人から電話がかかってきた。「これから車で帰る。夕飯は家で食べる。」という。予想外の早い帰宅に少しとまどったが、主人の実家へ持って行ってもらうものを急遽用意して、到着を待った。
1時間くらいして、主人と娘は帰宅した。久しぶりに見る娘は、とても元気そうだった。家に入るなり、「わー、おへやが広くなってる!」と、部屋の整理をしたことにすぐ気づいてくれた。ずいぶん無駄なものを処分したから、確かにスッキリした。
久しぶりに帰ってきた娘に、「おかえり。待ってたよ!」と言って抱きしめると、「○○ちゃん、ママがいなくてとってもさみしかったよ」と、ギューッと抱きしめ返してくれた。
11/2(月)
今日は通常業務を開始した。やはり仕事をしている方がいい。緊張感のある暮らしが私の性に合っている。
体調は良いが、少し咳が出てきたのが気になる。
毎朝、主人にスカイプで体調を確認しているが、今のところ主人は変わりない様子。それ以上に、娘と接触してしまった、いとこ達のことが非常に気になっている。
主人のご両親のみならず、義妹家族に感染してしまったら、私が感染するよりも、もっと罪深いことのように感じる。もう今更何を言っても仕方ないのだが、誰にも感染していないことと、一刻も早く帰ってきてほしいと痛切に願う。
この場を借りて、ご迷惑をおかけした主人のご両親と義妹家族にお詫びと御礼を言いたい。
11/1(日)
娘の容態はすっかり落ち着き、鼻水と咳は出ているものの、至って元気らしい。
主人も今のところ元気ということで、安心した。一番感染力の強いときに密着していたのは主人なので、今一番感染の危険性が高いのは、主人だと思う。それなのに「マスクはしていない」とさらっと言うので、いよいよ心配になる。
この調子なら、娘はもう大丈夫そうだし、私にも感染していないようなので、明日いっぱいは大事を取ってお世話になるとしても、3日(祝)には家へ帰ってくるようにと話した。驚いたことに、午前中娘は、いとこ達と買い物に出かけたという。まさか接触するとは夢にも思わなかったので、すっかり動揺してしまった。
今日は戌の日で、当初は3人で水天宮へお参りに行くつもりだった。一人で行ってこようかと思ったが、やっぱり大事を取ってやめた。次の戌の日である13日に行くことにした。
仕事もせず、ひとりきりで部屋にこもっていると、だんだん人としゃべるのがおっくうになる。
家にかかってきた電話にも気づかないくらい、掃除や整理に専念した。
TVで紹介されていた近所のパン屋に行きたかったが、結局行かなかった。もともと出不精で、一人でいるのが好きな私は、なにかのついでがないとわざわざ表へ出る気にもなれない。用事がなければ電話もしない。家事をするだけでは、お腹も空かない。
何も楽しくない1日だ。
10/31(土)
昨夜から36.5℃に下がり、順調に回復している様子。
黄色い鼻水が多く出ているが、鼻の痛みはない。
今朝は、スカイプで娘と話をすることができた。
2日ぶりに見る娘の顔。すっかり元気そうだ。「あたらしいトムとジェリーだよ!見える?」と、見慣れないDVDのケースをモニターに映る私に見せながら、一生懸命説明してくれた。
「○○ちゃんがいないから、ママとってもさみしいよ」と言うと、しばらく娘は真剣な顔をしてモニターを見つめていた。そして「…だいじょうぶだよ、すぐ帰るからね!」と、励まされてしまった。淋しがっているのは、どうやら私だけのようだ。
娘は夫の実家が好きだし、こんなに長くお泊まりするのは初めてだから、きっと楽しんでいるのだろう。主人のご両親と主人には、本当に感謝している。
一方、私はシーツや上履きを取りに、保育園へ出向いた。インフルエンザ騒ぎで、取りに行くのをすっかり忘れていたのだ。
先生も心配してくださっていたので、すっかり元気だと話した。まだ、それほどインフルエンザの子は出ていないようで、掲示板には特に何も載っていなかった。
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10/30(金)
朝、主人に電話で娘の容態を聞いた。
夜中、うなされていたが解熱剤を使わずに38.3℃に下がった。タミフルも飲ませなかったらしい。医者が「どちらでもいい」と言ったからだ。薬嫌いの主人らしい選択だ。
今朝は37.8℃。食パン少々とピーナッツ、レーズンをつまんで、タミフルを服用した。本人はすっかり元気でおしゃべりしながらビデオを観てるという。なるほど、電話越しに娘のペラペラ喋っている声が聞こえる。鼻水は少し出ているようだ。
どうやら悪化せずに、回復に向かっているようで安心した。
そうなると、心配なのは私への感染がないかどうかだ。今のところまだ症状はない。昨夜、娘が受診したとき、「翌日、産婦人科に電話をして、予備診療の必要があるか聞いてください」と言われたので、その通り電話をしてみた。
助産師:「まだ症状がなければ、そのまま様子を見ていてよいと思います。
どうしてもご希望であれば、タミフルを処方できますが。。。。」
どうやら、あまり前向きではない感じだ。「来てほしくないんだな」と直感的に思った。それに、かかっていないかもしれないのにタミフルを飲むのもどうかと思い、「ひとまず様子を見て、何かあったらまたお電話します」と伝えた。
「1週間ほど症状がなければ、感染していないだろうと思いますので」と言われ、電話を置いた。
インフルエンザの潜伏期間は1〜4日(平均2日)という。ひとまず日曜日までは様子を見ようと思う。
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