「今日はダメって約束したでしょ!そんなワガママ言うなら、もう連れてこないよ!早く仕度して」と叱っても、まるで耳を貸さない。挙げ句の果てには、こんなことを言い出した。「○○ちゃん、Fさんの家の子になる。」
さらに、これから生まれてくる赤ちゃんに、自分と同じ名前をつけて自分の代わりにすればいいという提案までするのだ。あまりのことに、絶句してしまった。
「もうママの子どもをやめるってこと?そしたら、もう二度と会えないね。おじいちゃんおばあちゃん(主人の両親)、いとこたち(義妹の子どもたち)、それにじぃじ、ばぁば(私の両親)にもK君にもMちゃん(私の弟妹)にも会えなくていいのね!?」と詰め寄ると、一瞬迷った様だが、「うん。」と強く頷いた。以前なら、この方法で充分効果があったのに…困ったぞ、全く効かないではないか。
「明日はとっても忙しいからごめんね、今日は泊めてあげられないの。また今度ね」とFさんが言っても、どうしても泊まると泣き始め、Fさんの足にしがみついて離れない。泣きわめく娘を無理矢理引きはがし、なんとか家に連れて帰った。
娘が0~1歳の頃、近所のファミリーサポートの方(以下、Fさんと呼ぶ)に大変お世話になっていた。そのご縁で、サポートを利用していない現在も食事に呼んでくださり、週に1~2回、お宅にお邪魔している。現在そのお宅では、娘と同じ歳のSちゃんを預かっている。Sちゃんも、私と娘がいる方が喜ぶということもあって、Sちゃんのサポートの日に私たちを呼んでくださっているのだと思う。
いつものように食事に行った先々週の金曜日、娘は突然「Fさんのウチに泊まりたい」と言い出した。するとSちゃんまで泊まると言うではないか。当然、私は娘にダメと言い続けた。翌日も保育園だし、急に泊まると言っても着替えはないし、何よりご迷惑になる。ところが、Fさんは「うちは構わないよ。着替えならあるし、明日の朝、保育園の仕度をして迎えにきてね」と、受け入れ態勢万全だ。おまけにSちゃんのパパに電話をすると、快諾したというではないか。 娘とSちゃんは、ダイニングテーブルの下に隠れ、早く帰ってくれと言わんばかりに「じゃあねママ。バイバイ、バイバイ」と言い続けている。
1/20(水)待ちに待った超音波検査の日。いよいよ性別が判明するかもしれない。久しぶりのワクワク感だ。
10時からの超音波検査の前に、採血、採尿を済ませ、時間ぴったりに待合室に入った。間もなくして順番が来た。部屋に入ると女医さん二人がいて、早速検査開始となった。お腹の大きさを計測したら、2週間前より腹囲は2cm、子宮底長は4cmも大きくなっていた。それでいて体重はほとんど変わっていない。

そして肝心の超音波検査。まずは先生が事務的に頭囲や腹囲を測ったり、心音を聞いたりして、全身くまなくチェックしている。「結構赤ちゃんのお腹周りが大きいね」と先生同士で話していたのが印象的だった。その後、モニターを私に見せながら、色々説明してくれた。「これがお顔ですね。ここが目です。背骨がここで、頭がかなりお母さんのお腹の下の方にあります。」というような具合だ。
「ここが足です」と言われたとき、待ってましたとばかりに「性別は分かりますか?」と尋ねた。しかし「…股のところに膨らんだモノが見えると男の子なんですが、ちょうど赤ちゃんが足を閉じているので隠れて見えませんね」とあっさり言われてしまった。確かに、両足をぴったり閉じているのが分かる。まるで娘が言うところの”おやま座り”(※小学生以降は「体育座り」と言う)をしている様だ。ドキドキして聞いたのに、拍子抜けしてしまった。。。。
超音波検査が終わって仕度をしていると、私のジーパンのお腹のリブを見て一人の若い先生が「へー、そんな作りになっているんですね!」と感心していた。もう一人の先生が「私は4年前に出産したんですけど、そのころにはありましたが、妹が出産した10年前にはジーパンなんてなかったですよ」と教えてくれた。ここ数年でマタニティウエアは急激に進化していることを改めて知った。
1/8(金)、年明け初の検診だ。今年のお正月休みは短く、4日からレッスンが始まり、連日の激務のせいか疲れ気味で眠い。主人は昨日から出張で留守にしているため、娘を保育園へ送って行ったその足で病院へ向かった。
今日は始めに採血があった。朝食を食べずに来てくださいと指示があったので、空腹のまま採血をし、その後検診が始まるまでの間で朝食を食べた。10時半、時間通りに検診が始まった。今回はいつもと違う助産師さんだった。
お腹のかゆみがひどくて尿素入りクリームを塗っているが問題ないかと尋ねると、お腹の上から塗るだけだし問題ないとのこと。医師にも確認を取ってくれ、やはり大丈夫だとの答えだった。お腹を見てもらったところ、以前、突然お腹にできた赤い筋は、乾燥による一時的なもので妊娠線ではないと言われ、ホッとした。
最近立ったまま靴を履こうとしたり、寝ている時に突然足が吊るようになった。娘の時も足が吊ることはあったので「いよいよマイナートラブルの始まりだな」と妊娠後期を実感しているところだった。助産師さんによれば、足の血流が悪いためだという。お腹が大きくなることにより足のつけねの太い血管が圧迫され、血流が悪くなると足が吊りやすくなるらしい。私の足を触って「冷え気味ですね」と一言。対策としては、足を冷やさないようにすることと、あぐらをかいて、足のつけねをストレッチすると効果的なようだ。
いよいよ2010年、出産の年に突入した。今年は色々あるだろうなぁと、身の引き締まる思いで元旦を迎えた。
お正月は元旦から3日まで私の実家で過ごした。その時、お腹が乾燥して白い粉を吹き、異常なほどのかゆみに苦しめられた。馬油をこまめに塗ってもダメ。かゆくてお腹を掻かずにいられない。衣類がお腹に触れるのさえ不快で、できることならお腹を丸出しにしていたいほどだった。
そんな私を見かねた母が尿素入りクリームを買ってきてくれた。勝手に薬局で買ったクリームを塗って害にならないかと不安に思ったが、「それ乾燥のかゆみでしょ?尿素入りクリームなんて年寄りも使うクリームなんだから大丈夫だよ!」と薦められ、試しに使ってみると、嘘のようにピタッとかゆみが治まった。いつも背中をかゆがっている主人の背中にも使ってみたら、主人もかゆみが気にならなくなったようだ。なんという速攻性だろう。恐るべき効果だ。
2009年は私にとって大変収穫の大きな年だった。
娘は4歳になり、ずいぶんと手がかからなくなったおかげで、仕事にも集中できるようになったし、自分のことに目を向ける余裕が出てきた。
私にとって最も大きかったことは、久しぶりに人前でピアノを演奏できたことだ。弟の結婚式と、年末27日にピアノの先生の発表会で演奏する機会があった。
発表会へは当初出る予定ではなかったが、ピアノの先生からの強い薦めで、2週間前に出演を決めた。さんざん迷ったが、妊娠中に演奏する機会など この先あまりないだろうし、出産後はしばらく演奏など出来る余裕はないだろうから、今のうちに出来る限りのことをしておきたいという意志も強く働いた。やらないで後悔するより、やって後悔する方がずっといい。
発表会には私の生徒も出演するし、かといって仕事が忙しすぎて充分な練習時間も取れず、本当に大きなプレッシャーだったが、今自分に出来る限りの努力をして、出来はともかく悔いの無い演奏をすることができた。
12月のある日。お風呂から出て身体を拭きながら、ふとお腹を見た。
「!?」一瞬我が目を疑った。大きくなったお腹の両側に、ちりめん皺のような細くて赤い線がびっしり出ていたからだ。しかもお腹全体だけがいつもより赤くなっている。おへその下には引っ掻き傷までついているではないか。
「うっそぉーーーーー!!ショック。。。。。。。」
私の異常な叫び声に主人と娘が駆けつけた。「どうしたの?うわぁ、何コレ!?」私のお腹の異常な模様に二人とも驚いている。
コレが「妊娠線」というものか?お風呂に入るまでは何ともなかったのに、突然出てきた赤い模様に私も動揺を隠せない。
妹にもらったバイオイルを塗っていたのに、なぜ!?やはりケチって専用クリームを使わなかったからか???
12/18(金)昨夜は主人が泊まりで留守だったので、今朝は娘を保育園へ送ってその足で病院に向かった。正直なところ、助産師外来は超音波検査がないので、いまひとつ楽しみに欠け、あまり行く気になれない。
いつもより早めに病院に着き、余裕を持って尿検査を済ませた。前回の検診では、尿検査の結果が間に合わなかったが、今日はきっと検診中に結果が出るだろう。
今日も時間通りに診察が始まった。入ってすぐ「今日、新型インフルエンザの予防接種が受けられますよ!」と思いがけない話から始まった。
突然のことに少々とまどったが、ちょうど娘のクラスで新型インフルエンザが大流行している最中だったので、受けることにした。
「変わったことはありますか?」の問いに、「最近、転びます」と答えた。
この1ヶ月の間に、平らな道で突然左足がクネッと内側に曲がって転んだことが2回もあった。
右肩に3リットルの水を掛け、右手で買い物袋、左手は娘の手を繋いで歩いている時の出来事だ。幸い大事には至らなかったが、一歩間違えれば大変なことだ。きっと、身体のバランスが変わって歩き方がおかしくなっているのだろう。
もう、無理して重い荷物を持つのはやめようと思う。
早いもので12月に突入した。妊娠6ヶ月を迎え、仕事関係の先生方や生徒たちに報告をする日々だ。
普段、滅多に話す機会のない、お偉いピアノの先生方に妊娠報告と引き継ぎの件でお手紙を出すのは緊張して気が重かった。しかし、避けては通れないことなので、思い立って11月末に一斉に送った。
生徒たちも、大きくなったお腹に気づいて「やっぱり」という反応を見せる。
そんな中、生徒として来ているピアノの先生のお話がとても心に染みた。
産後しばらくお休みさせて頂くお話をして、いつ復帰できるか分からないし、生活がどうなっていくか不安だと何気なく話した。すると「大変なのは、5年です。」ときっぱりおっしゃった。
とっておきの出産祝いにオーダーメイドギフト