出産や育児の あんなコト こんなコト

出産・入院生活

授乳におすすめの馬油

入院中、頻回授乳を始めると、やはり乳頭が傷つき、痛むようになってきた。家から馬油を持ってきており乳頭に塗っていたが、助産師さんに「乳頭マッサージ用の馬油に変えた方がいい」と言われた。

ピアバーユ薦められたのは「ピアバーユ」。お母さんと赤ちゃんのための馬油で、液体状で浸透力が高く、乳頭にスーっと馴染む感じだ。入院中、唇の荒れもひどかったので、リップクリーム代わりにもなって重宝した。

5年前、Yummy を産んだときは、普通の馬油でも何も言われなかった。当時はなかったのかな?

ミルクの正しい飲ませ方

Sunny (次女) は予定日より20日早く生まれたためなのか、それとも個性なのか分からないが、とにかく母乳の飲み方が下手で、空気ばかり一緒に吸い込んで、しょちゅう苦しそうにしていた。Sunny の体重は入院中に 2,560g に減って、そこから思うように増えず、一緒に退院できない可能性が出てきた。体重が 2,600g を超えていないと一緒に退院できないため、ミルクを夜1回ペースで足していたが、どうやら追いつかないようだ。

退院を翌日に控え、担当の助産師さんが挨拶にきた。若いのに、ベテランのオーラが漂っていた。

「今日中に体重を増やすために、ミルクの回数と量を増やしましょう」と言われたが、私はミルクを与えることに抵抗を感じていたので、あまり気が進まなかった。しかし退院できないとなれば仕方ない。とりあえず指示に従った。

言われたとおり、母乳を与えた後、毎回ミルクを40ml与えた。口に哺乳瓶の乳首を入れて、じっと飲む様子を見ていた。お腹が空いていて、哺乳瓶の方が楽に飲めるかと思いきや、半分程度飲むと力つきて眠ってしまう。

助産師さんに「足りてるみたいで飲みませんでした」と、残ったミルクの入った哺乳瓶を返すと、「次にミルクをあげるとき、声をかけてくれますか?手伝いますから。」と、ニッコリ笑った。
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ミルクの飲ませ方

sunny (次女の名前) の体重は2,560gから思うように増えず、一緒に退院できない可能性が出てきた。体重が2,600gを超えていないと一緒に退院できないため、ミルクを夜1回ペースで足していたが、どうやら追いつかないようだ。

退院を翌日に控え、担当の助産師さんが挨拶にきた。若いのに、ベテランのオーラが漂っていた。

「今日中に体重を増やすために、ミルクの回数と量を増やしましょう」と言われたが、私はミルクを与えることに抵抗を感じていたので、あまり気が進まなかった。しかし退院できないとなれば仕方ない。とりあえず指示に従った。

言われたとおり、母乳を与えた後、毎回ミルク40ml与えた。口に哺乳瓶の乳首を入れて、じっと飲む様子を見ていた。お腹が空いていて、哺乳瓶の方が楽に飲めるかと思いきや、半分程度飲むと力つきて眠ってしまう。

助産師さんに「足りてるみたいで飲みませんでした」と、残ったミルクの入った哺乳瓶を返すと、「次にミルクをあげるとき、声をかけてくれますか?手伝いますから。」と、ニッコリ笑った。

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入院生活について

今回の入院生活は、5年前とはずいぶん変わっていた。

まずは病院のアメニティグッズが充実していた。産婦用ブラジャー、産褥ショーツ、悪露用ナプキン大中小の3種類は5年前ももらえたが、入院中に着るパジャマと赤ちゃん用おくるみとT-シャツまで入っていた。

ベッドは全て電動ベッドになっていた。リクライニング機能のおかげで、産後身体を起こすのが辛いときに助けられた。

何より変わっていたことは、母乳育児にこだわらないこと。5年前は「母乳のみでがんばりましょう!」という姿勢だったが、今回は「母体の回復」を最優先にしたケアを徹底していた。「身体が辛ければナースステーションで預かりますから、無理しないでください」と何度も言ってくれたし、ミルクを足して、ゆっくり休むようにとも言われた。拍子抜けするくらい緩くなっていて驚いた。

5年前の過酷な入院生活を覚悟して大部屋を選んだが、今回は赤ちゃんと同室の人が多かったし、みな常時カーテンを閉めていた。顔をあわせれば会釈やあいさつくらいはするが、個室同然で気楽に過ごせたため、今回の入院生活は、精神的には物足りないくらい楽勝だった。

ただ、お下の痛みが長引いて、痛み止めを退院までずっと飲んでいないと、動くことが辛かった。その上、便秘も続き、水を大量に飲んでも、起き抜けに氷水を飲んでも、まるで出る気配がない。さすがに5日目になると苦しくなってきたので、退院時に浣腸して出してもらった。

嬉しかったのは、長女の出産のとき、実習で私についてくれた学生さんが、立派な助産師さんになって働いていたこと。彼女も私を覚えていてくれて、抱き合って再会を喜んだ。

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出産を振り返って

幸い、会陰は良く伸びたので、会陰切開せずに済んだ。ほんの少し裂けている箇所を1針ほど縫っただけだ。下腹部を押されながら胎盤摘出、その後、点滴で子宮収縮剤を打ったせいか、後陣痛も痛かった。

分娩時間が長く、出血がやや多かったので、2時間経過を見るところ、3時間安静といわれ、ずっと分娩室で横になっていた。

やっと正気を取り戻した私は、お産に立ち会ってくれた助産師さんに、あらためて御礼を言った。すると、助産師さんから思いがけないことを言われた。

助産師:「note2さん、普段から腰痛はありませんか?尾骨が内側に入り込んでいて、赤ちゃんがつっかえて降りにくかったんです、前回のお産で、何か言われませんでしたか?」

いいえ、腰痛はないし、前回は何も言われなかったけど・・・筋力や体力がないのは自覚していたけれど、骨格の構造まで不適応だったとはね!とことん出産に向いていない体質なのだな、と妙に納得してしまった。

出産したことを家族に連絡すると、夫と父母が入れ替わりでお見舞いに来てくれた。お腹が空いたので、夫に菓子パンとおにぎりを買ってきてもらい、一気にたいらげた。細胞のすみずみに、エネルギーが染み込むような感覚だった。

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出産への道 Part 2

もう疲れたので分娩室へ戻ることにした。その後は助産師さんが腰や足首のツボ(たぶんお産が進むツボ)をグイグイ押したり、足湯をしたり、また歩いたり、しゃがんでいきむなど、お産が進むための民間療法的なことをひたすら続けた。度々、眉間の力を抜くよう指摘された。

お昼過ぎ、何とか子宮口は6cmまで開いた。「ここまでくれば、後は早いですよ!」という助産師さんの言葉に少し安堵した。午後1時頃、母が面会に来て「あと少しだから頑張ってね。外で待ってるから」と励ましてくれた。

しばらくして、背の高い男の先生が助産師さんと共にやってきた。

先生:「ハイ、内診しますよ~」と軽い口調で手をグッと入れられた。その内診が、、、、想像を絶する痛み!!!!太くて長い指で、子宮の奥を上方向にグイグイえぐる様に刺激され、飛び上がるほどの激痛が電流のように全身を走った。

「いたぁああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーい!!!!」

それはまさに、『阿鼻叫喚』だった。

「これで少しは進むと思いますから」と一言、先生はさっさと部屋を出て行った。

何だ、今の!?一体、私に何をした!?

あまりの出来事にショックと痛みでボロボロ泣いている私に、助産師さんは「痛かった?でも、お産を進めるために、してくれたことだから…」と一生懸命フォローしていた。分かってる、そんなことは分かっているけど、もう肉体的にも精神的にも限界ギリギリ、ボロ雑巾のような今の私に、これ以上何が出来るというのか!?

もう本当に無理、今回は産めない、私はこのまま死ぬんじゃないかと、遠のく意識の中で何度思ったことだろう。なぜか頭の中では、グラナドス作曲/組曲『ゴイェスカス』〜愛と死〜という曲がグルグル回っていた。(BGM にして読んでいただくと、より一層、臨場感が増します。)


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出産への道 Part 1

まさか入院になるとは思わず、何も食べずに来てしまった。深夜で売店も閉まっている。陣痛の合間に自動販売機で飲み物を二本買って、喉を潤す程度しか栄養補給ができない。身体を丸めて一晩中、陣痛に苦しみ耐えるしかなかった。

別の部屋でお産が始まっているようで、どこからか、すさまじい叫び声が聞こえてきた。先生や助産師さんたちの「がんばって!!もうすぐ赤ちゃんに会えますから!!」という励ましと、妊婦さんの獣のようないきみ声とが混じって臨場感たっぷりのBGM。やがて、赤ちゃんの泣き声が聞こえ、無事、出産した様子。

「いいなー、私も早く産みたいよ。」心の中で、つぶやいた。

そんな私の願いも空しく、途中何度か助産師さんが内診をするが、一向に子宮口は開かない。お産が進むように、浣腸までしたというのに、まるで効果なし。

私、経産婦なのに、おかしいな?なんだか悪い予感がする…。
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退院

ついに退院の日。やっと入院生活にも慣れたところで退院とは・・・。あれほど退院したがっていたのに、なんだか寂しい気もする。

昨日、退院用にベビードレスと私の私服を持って来てもらった。
妊娠前に履いていたパンツ・・・残念ながらさっぱり入らなかった。脚のつけねでつっかえて上がらない。これには相当ショックだった。まだ3Kg程度しか体重は減っていないし、きっと骨盤が開いてしまっているのだろう。産後1週間じゃ無理もないか。。。
仕方なく、マタニティ用のパンツを再び履くことにした。こんなことならワンピースでも買っておくんだった。
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入院中の思いごと

我が子は昼間は比較的静かに寝ており、夜になると目がぱっちり冴えて活動を始める。このパターンは陣痛そのものだった。
「陣痛が夜にしか来ず、なかなかお産が進まなかったのも、この子が夜型タイプだからだろうか・・・」などとぼんやり考えながら、夜中のデイルームで授乳する毎日。そうこうしているうちに朝がきて、1日は飛ぶように過ぎ、あっという間に夜を迎える。
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おっぱいマッサージ

入院4日目、おっぱいマッサージもいよいよ本格的になっていった。マッサージ自体は1日目から始まっていたが、はじめは、乳腺を開通させるために軽く乳頭をほぐすだけだった。しかしだんだんと痛みをともなうマッサージになっていった。
不思議なもので、はじめはまだそれほど張り感のなかった乳房が、マッサージを重ねるごとに乳房が熱を持ち、張りが出て来て、4日目あたりからは、以前とは見違えるほどにパーンッと張ったボリュームのあるバストに大変身を遂げた。
妊娠中はたいして大きくならなかったバストにがっかりしていたが、授乳で大きくなるなんて思いもしなかった。。。
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