入院中、頻回授乳を始めると、やはり乳頭が傷つき、痛むようになってきた。家から馬油を持ってきており乳頭に塗っていたが、助産師さんに「乳頭マッサージ用の馬油に変えた方がいい」と言われた。

薦められたのは「ピアバーユ」。お母さんと赤ちゃんのための馬油で、液体状で浸透力が高く、乳頭にスーっと馴染む感じだ。入院中、唇の荒れもひどかったので、リップクリーム代わりにもなって重宝した。
5年前、Yummy を産んだときは、普通の馬油でも何も言われなかった。当時はなかったのかな?
保育園にお迎えに行くと、私は娘に手を引っ張られ、授乳コーナーに連れ込まれます。
同じクラスでもう一人、おっぱい友達がいるのですが、お迎えの時間が重なると、
二人で肩を並べて相席です。
まるで、お勤め帰りに一杯やって帰るサラリーマンのよう。
名付けて「おっぱいバー」。
おっぱいを飲む二人は、お互いをちらちらと気にしながら、うっとりした表情で
おっぱいタイムを満喫しています。
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ある日、ふと思った。「母乳だけで何歳まで育てられるのだろう?」と。
この3ヶ月間、娘には母乳以外のものを一切与えていない。しいて言えば、入院中に「糖水」を飲ませたくらいだ。
里帰り中、何度も母に「白湯は飲ませないの?」と聞かれたが、そのような指導はされていなかったので、ずっと母乳一本で育ててきた。
また、「3ヶ月過ぎたら麦茶や果汁を与える」という話も聞いていたので、
一体いつから与えるのが適当なのだろうと疑問に思っていた。
マッサージを終えると乳房はフニャフニャに柔らかくなっていた。マッサージ後、再びバストを測る。サイズは聞かなかったが、きっとサイズダウンしているだろう。
アシスタント:「おいしいおっぱいの状態になったので、赤ちゃんに飲んでもらいましょう」
ソファに座り、授乳用枕を使っての授乳指導開始である。床はフローリングなので、足下に敷く布団を持って来てくれた。誤って子どもを落としても安全なようにとの配慮だろう。ちなみに、ここではスリッパも履かせない。これも転倒防止のためだ。
あいにく娘は半分眠った状態。せっかくの新鮮なおっぱいを本気で飲んでくれない。眠りそうになる娘を起こしながら授乳指導を受けた。
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かねてから噂は聞いていた。「オケタニ」という名前は、母乳育児を希望するママならずとも、産婦さんなら一度は聞いた事があるだろう。言わずと知れた、「おっぱいマッサージ」である。
おっぱいマッサージは痛いというイメージがあるが、この桶谷式マッサージは、全く痛くない。なのに「手技を受けると、出の悪かったおっぱいがクジラの潮吹きのごとく噴き上げる」と、もっぱらの評判だ。私の生徒の母親も、知り合いの娘さんも、この「オケタニ」に通っていたという。特に、この娘さんも私と同じ「溜まり乳」タイプで、よく乳腺炎になっていたという。ここでマッサージを受けて、溜まったおっぱいを出してもらうと、おっぱいの質が良くなり、おいしいおっぱいを飲ませることができるという話だった。
何度も乳腺炎に悩まされるようになった私は、一度はこのマッサージを受けたいと思いはじめた。
インターネットで検索すると、偶然にも近所に本部があるではないか。東京に戻ったら、一度行ってみようと思っていた。
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東京に戻った翌日9/12。2回目の母乳外来の日だ。その日の午前中、張り切って家事を始めるが、なんだか腰が痛い。娘を抱っこしていても、いつもより疲れてしまう。「なんかおかしいな〜」と漠然と思いながら、母乳外来を受診するためタクシーで病院に向かった。
助産師さんに乳房を見てもらったところ、開口一番に「赤くなってますね・・・。お熱、測ってみましょう」と言われ、さっそく体温計を渡された。測ってみると、なんと38度!・・・言われてみれば、確かに熱っぽい気がする。あの腰痛は、発熱による関節痛だったのだ。ついに乳腺炎で発熱してしまったようだ。しかし、今回は乳房のしこりもひどくなく、あの激痛もなかった。だからまさか乳腺炎になっているとは思わなかった。
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8月末、産後検診と娘の1ヶ月検診のため 一時的に東京へ戻った。
29日は産後検診と母乳外来の予約を取っていた。再び乳腺炎にならないように、マッサージと指導を受けたかったからだ。
産後検診は全く異常なしだった。そのあと、母乳外来の受診のため 久しぶりに産科の病棟に行った。つい1ヶ月半前まで、ここで入院生活を送っていた。懐かしさを感じたものの、もはや私は外部の人間だ。病棟内の景色も入院中とは違って見えた。
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炎症が治まると、あの激痛が嘘のようになくなった。しこりは消え、岩のように硬かった乳房はフニャフニャしている。まるで嵐のような夜だった。
それにしても、なぜ急に乳腺炎になってしまったのだろう?
乳腺炎になる2大原因は以下のとおりだ。
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病院から戻って、すぐに処方された薬を飲んだ。そして、すぐに家で待っていた我が子におっぱいを飲ませようと、痛みをこらえて乳首を含ませた。我が子はこちらの苦痛など知る由もなく、容赦なく食いつき、一生懸命 硬い乳房からおっぱいを吸い出そうとしている。スムーズに出てこないおっぱいに時々苛立ったように乳首をひっぱる。吸われながら私は「イタイ 痛い いたいよぉ・・・」と、顔をゆがめて泣きながら授乳していた。
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